空気が読めないお話

 空気を読むというのは別に日本に限った事じゃないですし、US 時代も普通にありましたが、陰湿なのは日本独特かもしれません。US の場合はどちらかというと、単なる TPO みたいな物で、逆に日本人がこれが苦手でした。明らかに重い面持ちの meeting なのに、明るい色のスーツを着てきたりとか、逆に、カジュアルな場に堅いスーツで来たりとか、そういう 「空気」 を読むのは空気民族日本人も苦手だった印象があります。
 余談ですが、スーツ、US では女子もよく着ます。というか、逆に男子が日本に比べてスーツを着る局面が少ない(というか、日本が「何でもかんでもどこでもスーツ着ればいいと思ってる」だけ) 一方で、女子がスーツを着る割合は日本より多いです。
 要は、日本でスーツを着すぎな男子が、スーツを着る割合が減り、逆に、私服がほとんどな女子がスーツを着る割合が増えているわけで、つまるところ 「性別にかかわらずスーツを着る割合にあまり差がない」 というわけです。男女差別が激しい日本との違いが見える一面だと思います。
 さて、お話は逸れましたが、この空気。やっぱり苦手だというのは何度も書いているとおりですが、その実例と空気を読む文化に対す評価の低さです。今回話題に出た例は、話題そのものに関してはどうでもいい事ですが、前に日本人女子だけの集まりの中で出た 「だんなさんの携帯を勝手に見ていいか」 という話題でした。
 要は、結婚した夫婦や場合によっては親密になった恋人同士なんかの環境で、ふと、忘れていったり入浴中だったりしてテーブルの上に置きっぱなしになった旦那さんの携帯電話や手帳を勝手に見てもいいか? という話題ですね。
 それに対して、話は 「別に見てもいいんじゃない?」 とか 「むしろ見られて困る物がある訳じゃないし、困る事があるなら自業自得な訳で見られて当然?」「つまり見せないとか見せたがらないのはやましい事があるわけで、そうじゃなければ見られてもよい」「従って、やましい事がないのが前提なんだから、見ても実害はないはず。だから見てもよい」 みたいな感じでした。「見られて文句いうっていうことはそれなりに何かあるって言う事でしょ〜?」 みたいな感じですね。
 で、話はそんな感じで進んでいたのですが、私が一言 「へ〜、じゃぁ、逆に自分の携帯や手帳を旦那さんが勝手に見ても文句はないということ?」 というと、一気に会話が止まりましたw そう、ここが 「空気」 の流れが違ったわけです。
 ここの流れでは、つまるところみんなで 「うんうん、そうだよね」 と意気投合していく流れの空気。それに従うなら、たとえ異なる意見や疑問点を持っていても、同じように頷いておくか、最低でも何も言わないで黙っておくのが空気を壊さない物。そんな空気が全くわからない私は普通に質問や空気の流れとは異なる話題を振ってしまうわけです。
 これが空気の苦手なところで 「そういう風に言う事になってる」 状態ではみんながそれに従って、意見をそろえたりします。男女差的には女子の方が若干それが強いようで、それはしばしば、日本企業の職場なんかで女子社員の間で 「あの上司ムカツク」 雰囲気になってる場合には、それに反対したところでいじめられたり喧嘩になる可能性がゼロであったとしても 「私もムカツク」 という話を合わせる必要があり、間違っても 「そう?わたしはそうでもないけどね〜」 みたいにいうと 「何この子空気が読めないのよ」 みたいな感じで…。
 そんなわけで、「旦那さんの携帯や手帳を勝手に見てもいいか」 という話の中で、普通に疑問を投げかけた物の、それが 「空気」 の流れに少しでも反対方向に向いている物である場合、会話が一瞬止まり、空気が重い物い物に変化してしまったりするわけで、なかなか苦手です。
 実際問題 「旦那にやましい事があれば見られてもいいはずだし、見てもいいはず」 という意見なのに、旦那さんが自分の携帯や手帳を勝手に見てもいいか、見られてもいいかという話になると、とたんに 「勝手に見るのは失礼」「親しい仲だからといってプライバシーはあるわけだし…」「絶対許さない」 「そんな事されたら別れるね」 と、先ほどの意見とは矛盾する事を言い出す当たりがそもそも会話的についていけない部分があり、思慮が浅いといえます。
 会話自体が思慮が浅いし論理的矛盾をいくつも抱えているので、つっこみどころが山ほどあり、反対する気がなかったとしても純粋に質問すると、それが敵対的意見になってしまい空気を乱す、という感じ。「ここは黙って賛成しておく空気でしょ」 な…。
 別に接待をしてるわけでもないので疑問や質問、異論があるのにそれをニコニコと「そうだよね」 と愛想笑いをしておくというのは私には無理です。むしろ、反対意見なのに、愛想笑いして本心とは違う賛成の態度を示す方が、その人に対してずっと失礼な事だと思うわけですし、自分がそうされたら嫌です。でも、こういうのは、マンガなんかでも空気の読めないダメな人、としてネタにされちゃうのよね〜。
 個人的には、会話の中で、本心を隠して、賛成だろうと反対だろうとヘラヘラと愛想笑いをして過ごすだけの人とは会話をしていてもつまらないですし、信用できませんから好きじゃありません。空気なんかで流されて、主体が会話じゃなくて空気に支配されているのはなんかこう、演技をしてるみたいで楽しいとは思えません。この辺も、前に書いた 「自分が好きな物を嫌いな人がいて、嫌いな事がわかると喧嘩になる」 国民体質なので、そういう事が起こらないように無難に会話を進める事が第一優先の文化の中で 「空気」 がすべてを支配する文化が生まれたのでしょうね…。