路面電車で

 駅前の電車乗り場から路面電車に乗ります。路面電車はルカ地区で乗った物よりかなり古い感じのもので、元祖、路面電車という感じです。なにしろ、車内を見てみると木造です。モーター音も懐かしい、ウォーンと唸る釣り懸けみたいな音がするモーターです。なかなか味があります。
 ここで、単に 「あぁ、古いのね」 と終わってしまうのはありがち。古さは惡さであり、利便性と快適性を損なうだけの物だったりします。そのため、古い車両だとガッカリするし、貧乏くさく感じてイメージが悪い物です。ところが、この路面電車に限っては、不思議と全くそれがありません。
 まず、完全に冷房です。さも当然のように天井にエアコンがついていて、普通の電車と同じようになじんでいます。この車両が新造された時にはエアコンはなかったと思いますが、それがまるで最初からデザインされて取り付けられてたかのようにすんなり当り前に存在しています。普通の電車の 103 系の冷房改造車のようななんとなく安っぽい無理矢理取り付けた感じではなくて、自然に取り付けられているのがある意味すごいです。

 運転台なんかは古いままですが、椅子やつり革などの装備品が変に汚れている事もなく、清潔感に問題はありません。そして何より特筆すべきが、あくまで私が目にした範囲でしかありませんが、木で出来た車内壁面に、落書きや意図的な傷が全くない事です。
 傷がつきやすこれらの素材の場合、名前や謎の言葉を何らかのとがった物なんかでひっかいて落書きする事がよく見られます。プラスチックっぽい硬い素材で出来た普通の電車ですら、落書きされてる事があるくらいですから、木で出来て簡単に傷が入る木製の場合、なおさら落書きがありそうなものです。
 しかも、古く運用期間が長ければ、落書きされる確率も上がるわけで、落書きされやすい素材の上運用期間が長いのですから、今まで誰も落書きしていないということ自体がすごいです。当然、木で、ニス塗装っぽい感じなので、木目を完全に見えなくしているペンキ塗装とは違い落書きがあった物を隠す事は出来ません。つまり、落書きが見えないということは、そこに落書きがされた事がないという事です。
 都内なんかじゃ、傷つけるのが相当難しいガラス部分にすら、変なロゴみたいなのや落書きがしてある事が希にあるというのに…。これはやっぱり、利用されている方々のモラルの良さという面が強いのでしょうか。何にしても、古い車両がこれだけ不快感無く、快適に利用できるのは、ほんとびっくり。楽しい路面電車の旅をさせていただきました。
 また、冷房化だけではなく、運賃を入れる機械は、ちゃんと IC カードに対応してます。Suica みたいなので、ピッとやって課金できます。車両は古いですが、こういった部分はそれなりに先進的な物を導入していて利便性を向上させています。冷房は快適さを得る上で必須ですし、それがない事は、古さが悪さにつながります。またカード対応は、利便性を向上させます。
 清潔感があり、落書きもなく、冷房化されていて快適な電車ですから、これを新型に変えなければ行けない理由はそれほど強くありません。少なくとも、利用する側としては、このままで充分です。もちろん、実際には効率的な駆動システムや安全性能などを実装する事で、ランニングコストを下げたいでしょうし、技術の進歩がある以上このままでいいとは言えませんが、それでも、他のケースに比べ、その必要性はかなり低いと言えそうです。
 とはいっても、全部が旧式ではなく、新型の四角い電車もちらほら走っていました。ルカ地区ではほとんどが新型になっていましたが、松山では 1 割程度の感じがします。けど、古いのより新しいのに乗りたい、と思うような状態ではありませんから、せっかくあじのある電車なので、このままでいいんじゃないかしら、と思ったりしました。新しい物好きの私ですが、こういう「上手な」残し方には、感心しました。